
主文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理由
第1 事案の概要
1 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1) 平成12年(受)第573号上告人・同第574号被上告人(以下「第1審被告」という。)は,不動産賃貸等を目的とする資本金867億円余の株式会社であり,我が国不動産業界有数の企業である。
平成12年(受)第573号被上告人・同第574号上告人(以下「第1審原告」という。)は,不動産賃貸等を目的とする資本金約2億6000万円の株式会社である。
(2) 第1審原告は,昭和61年ころ,D不動産株式会社からの勧めもあって,東京都文京区ab丁目c番地d外の土地上に賃貸用高層ビルを建築することを計画し,同年11月ころ,著名な建築家であるEに建物の設計を依頼し,同年12月ころ,F設計事務所との間で覚書を交わした。
第1審原告は,昭和62年6月,第1審被告から,上記の土地上に第1審原告が建築したビルで第1審被告が転貸事業を営み,第1審原告に対して長期にわたって安定した収入を得させるという内容の提案を受け,第1審被告とも交渉を進めることとした。
そして,第1審原告は,昭和63年10月,第1審被告から,1第1審被告が,第1審原告使用部分を除き,ビル全館を一括して賃借し,第1審被告の責任と負担でテナントに転貸する,2賃料は,共益費を含め,年額23億1072万円とし,この賃料額は,テナントの入居状況にかかわらず変更しない,3賃料のうち19億9200万円については,3年経過するごとに,その直前の賃料の10%相当額を値上げするとの提案を受け,第1審被告との間で契約を締結することとし,契約内容の具体化を進めた。
(3) 第1審原告は,昭和63年12月13日,第1審被告との間で,原判決別紙物件目録一記載の建物(通称「Gビル」。
以下「本件建物」という。)のうち同目録二記載の部分(以下「本件賃貸部分」という。)を下記(4)の内容で第1審被告に賃貸する旨の予約をした。
第1審原告は,同月14日,上記予約で約定した敷金額49億4350万円のうち16億5500万円の預託を受けた。
第1審原告は,株式会社Hとの間で本件建物の建築請負契約を締結し,同社に対し請負代金等合計212億円余を支払い,また,F設計事務所に対しても設計料18億円余を支払ったが,これらの支払のうち上記の敷金で賄いきれなかった181億円余については,銀行融資を受けた。
(4) 本件建物は,平成3年4月15日に完成し,第1審原告は,同月16日,上記予約に基づき,第1審被告との間で,次の内容の契約(以下「本件契約」という。)を締結し,本件賃貸部分を第1審被告に引き渡した。
ア 第1審原告は,第1審被告に対し,本件賃貸部分を一括して賃貸し,第1審被告は,これを賃借し,自己の責任と負担において第三者に転貸し,賃貸用オフィスビルとして運用する。
第1審被告は,転借人を決定するには,事前に第1審原告の書面による承諾を得る。
イ 賃貸期間は,本件建物竣工時から15年間とし,期間満了時には,双方協議の上,更に15年間契約を更新する。
賃貸期間中は,不可抗力による建物損壊又は一方当事者の重大な契約違反が生じた場合のほかは,中途解約できない。
ウ 賃料は,年額19億7740万円,共益費は,年額3億1640万円とし,第1審被告は,毎月末日,賃料の12分の1(当月分)を支払う。
エ 賃料は,本件建物竣工時から3年を経過するごとに,その直前の賃料の10%相当額の値上げをする(以下,この合意を「本件賃料自動増額特約」という。)。
急激なインフレ,その他経済事情に著しい変動があった結果,値上げ率及び敷金が不相当になったときは,第1審原告と第1審被告の協議の上,値上げ率を変更することができる(以下,この合意を「本件調整条項」という。)。
オ 第1審被告は,第1審原告に対し,敷金として,総額49億4350万円を預託する。
カ 第1審被告が賃料等の支払を延滞したときは,第1審原告は,通知催告なしに敷金をもって弁済に充当することができ,この場合,第1審被告は,第1審原告から補充請求を受けた日から10日以内に敷金を補充しなければならない。
(5) 第1審被告は,第1審原告に対し,本件賃貸部分の賃料について,平成6年2月9日に,同年4月1日から年額13億8194万4000円に減額すべき旨の意思表示をしたのを最初として,同年10月28日に,同年11月1日から年額8億6863万2000円に減額すべき旨の意思表示を,平成9年2月7日に,同年3月1日から年額7億8967万2000円に減額すべき旨の意思表示を,平成11年2月24日に,同年3月1日から年額5億3393万9035円に減額すべき旨の意思表示を,それぞれ行った。
なお,第1審被告がテナントから受け取る本件賃貸部分の転貸料の合計は,平成6年4月当時,平成9年6月当時のいずれも月額1億1516万2000円であり,平成11年3月当時は約4581万円となり,同年4月以降は6000万円前後で推移している。
(6) 第1審被告は,第1審原告に対し,平成6年4月分から平成9年3月分まで賃料として月額1億4577万4527円を支払い,平成9年4月分から平成11年10月分まで賃料として月額1億4860万5099円(ただし,平成9年4月分及び平成10年4月分については,月額1億4860万5111円)を支払った。
(7) 第1審原告は,平成6年4月分から平成9年12月分までの約定賃料等と支払賃料等との差額分及びこれに対する遅延損害金を敷金から充当することとし,第1審被告に対し,敷金の不足分の補充を請求した。
2 本件本訴請求事件は,第1審原告が,第1審被告に対し,主位的に,本件賃料自動増額特約に従って賃料が増額したと主張して,上記敷金の不足分と平成10年1月分から平成11年10月分までの未払賃料との合計52億6899万5795円とこれに対する年6%の割合による遅延損害金の支払を求め,予備的に,第1審被告の賃料減額請求の意思表示により賃料が減額されたことを前提として,借地借家法32条1項の規定により賃料が減額される可能性があることについて第1審被告に説明義務違反があるなどと主張して,不法行為又は債務不履行に基づき上記金額と同額の損害賠償を求めるものである。
そして,本件反訴請求事件は,第1審被告が,第1審原告に対し,借地借家法32条1項の規定に基づき第1審被告の賃料減額請求の意思表示により賃料が減額されたことを主張して,本件賃貸部分の賃料が平成6年4月1日から同年10月末日までの間は年額13億8194万4000円,同年11月1日から平成9年2月末日までの間は年額8億6863万2000円,同年3月1日から平成11年2月末日までの間は年額7億8967万2000円,同年3月1日以降は年額5億3393万9035円であることの,それぞれ確認を求めるものである。
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第2 平成12年(受)第573号上告代理人遠藤英毅,同今村健志,同戸張正子,同奈良次郎,同伊藤茂昭,同進士肇,同岡内真哉,同田汲幸弘,同奈良輝久の上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について
1 原審は,前記の事実関係の下で,次のとおり判断して,第1審原告の主位的請求を,35億2323万2445円とこれに対する年6%の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し,その余の主位的請求及び予備的請求を棄却し,第1審被告の反訴請求を棄却すべきものとした。
(1) 本件契約は,建物賃貸借契約の法形式を利用しているから,建物賃貸借契約の一種がその組成要素となっていることは否定できないが,典型的な賃貸借契約とはかなり異なった性質のものと認められ,その実質的機能や契約内容にかんがみると,建物賃貸借契約とは異なる性質を有する事業委託的無名契約の性質を持ったものと解すべきである。
したがって,本件契約について,借地借家法の全面的適用があると解するのは相当ではなく,本件契約の目的,機能及び性質に反しない限度においてのみ同法の適用があるものと解すべきである。
本件契約は,その内容や交渉経過に照らせば,取引行為者として経済的に対等な当事者双方が,不動産からの収益を共同目的とし,それぞれがより多額の収益を確保するために,不動産の転貸から得られる収益の分配を対立的要素として調整合意したものであり,第1審原告は,収益についての定額化による安定化と将来にわたる確実な賃料増額を図るために,本件賃料自動増額特約を付し,本件賃貸部分を一括して賃貸することとして本件契約を締結したのであるから,その限りにおいて,本件契約においては賃料保証がされているものと解される。
そして,本件契約においては,本件賃料自動増額特約による賃料と現実の転貸料とのかい離が著しく不合理となったときに対処するために,本件調整条項が設けられているのであるから,本件契約にあっては,借地借家法32条1項所定の賃料増減額請求権の制度は,本件調整条項によって修正され,上記規定は,その手続や請求権の行使の効果など限定された範囲でのみ適用があると解するのが相当である。
(2) 第1審被告が平成6年2月9日及び平成9年2月7日にした賃料減額請求は,賃料自動増額の時期の到来に対抗してされたものであり,本件調整条項に基づく値上げ率を変更する旨の意思表示を含むものと解するのが相当である。
そして,不動産市場や賃貸ビル市場の著しいマイナス変動により,賃料と転貸料との間に不合理な著しいかい離が生じていると認められるから,第1審被告が平成6年2月9日及び平成9年2月7日に本件調整条項に基づいて行った賃料の減額請求により,それぞれの時期の値上げ率が0%に変更されたものと認めるのが相当である。
以上によれば,本件契約の賃料は,平成6年4月以降も従前どおりの金額であるから,第1審原告の主位的請求に係る敷金の不足額と未払賃料との合計は,35億2323万2445円となる。
したがって,第1審原告の主位的請求は,35億2323万2445円とこれに対する年6%の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余は理由がない。また,第1審被告の反訴請求も,理由がない。
(3) 第1審原告の予備的請求については,第1審被告に説明義務違反等があるとは認められないから,理由がない。
2 しかしながら,原審の上記(1),(2)の判断は是認することができない。
その理由は,次のとおりである。
(1) 前記確定事実によれば,本件契約における合意の内容は,第1審原告が第1審被告に対して本件賃貸部分を使用収益させ,第1審被告が第1審原告に対してその対価として賃料を支払うというものであり,本件契約は,建物の賃貸借契約であることが明らかであるから,【要旨1】本件契約には,借地借家法が適用され,同法32条の規定も適用されるものというべきである。
本件契約には本件賃料自動増額特約が存するが,借地借家法32条1項の規定は,強行法規であって,本件賃料自動増額特約によってもその適用を排除することができないものであるから(最高裁昭和28年(オ)第861号同31年5月15日第三小法廷判決・民集10巻5号496頁,最高裁昭和54年(オ)第593号同56年4月20日第二小法廷判決・民集35巻3号656頁参照),本件契約の当事者は,本件賃料自動増額特約が存するとしても,そのことにより直ちに上記規定に基づく賃料増減額請求権の行使が妨げられるものではない。
なお,前記の事実関係によれば,本件契約は,不動産賃貸等を目的とする会社である第1審被告が,第1審原告の建築した建物で転貸事業を行うために締結したものであり,あらかじめ,第1審被告と第1審原告との間において賃貸期間,当初賃料及び賃料の改定等についての協議を調え,第1審原告が,その協議の結果を前提とした収支予測の下に,建築資金として第1審被告から約50億円の敷金の預託を受けるとともに,金融機関から約180億円の融資を受けて,第1審原告の所有する土地上に本件建物を建築することを内容とするものであり,いわゆるサブリース契約と称されるものの一つであると認められる。
そして,本件契約は,第1審被告の転貸事業の一部を構成するものであり,本件契約における賃料額及び本件賃料自動増額特約等に係る約定は,第1審原告が第1審被告の転貸事業のために多額の資本を投下する前提となったものであって,本件契約における重要な要素であったということができる。
これらの事情は,本件契約の当事者が,前記の当初賃料額を決定する際の重要な要素となった事情であるから,衡平の見地に照らし,借地借家法32条1項の規定に基づく賃料減額請求の当否(同項所定の賃料増減額請求権行使の要件充足の有無)及び相当賃料額を判断する場合に,重要な事情として十分に考慮されるべきである。
以上により,第1審被告は,借地借家法32条1項の規定により,本件賃貸部分の賃料の減額を求めることができる。
そして,上記のとおり,【要旨2】この減額請求の当否及び相当賃料額を判断するに当たっては,賃貸借契約の当事者が賃料額決定の要素とした事情その他諸般の事情を総合的に考慮すべきであり,本件契約において賃料額が決定されるに至った経緯や賃料自動増額特約が付されるに至った事情,とりわけ,当該約定賃料額と当時の近傍同種の建物の賃料相場との関係(賃料相場とのかい離の有無,程度等),第1審被告の転貸事業における収支予測にかかわる事情(賃料の転貸収入に占める割合の推移の見通しについての当事者の認識等),第1審原告の敷金及び銀行借入金の返済の予定にかかわる事情等をも十分に考慮すべきである。
(2) 以上によれば,本件契約への借地借家法32条1項の規定の適用を極めて制限的に解し,第1審原告の主位的請求の一部を認容し,第1審被告の反訴請求を棄却した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。
論旨は理由があり,原判決中第1審被告敗訴部分は破棄を免れない。
そして,第1審被告の賃料減額請求の当否等について更に審理を尽くさせるため,上記部分につき,本件を原審に差し戻すこととする。
第3 平成12年(受)第574号上告代理人升永英俊,同松添聖史の上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について
本件契約に借地借家法32条1項の規定が適用されることは,前記第2の2において説示したとおりであるから,論旨は採用することができない。
しかしながら,前記のとおり,上記規定に基づく減額請求の当否等について審理しないまま第1審原告の主位的請求の一部を棄却した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるから,原判決中第1審原告敗訴部分は破棄を免れない。
そして,第1審被告の賃料減額請求の当否等について更に審理を尽くさせるため,上記部分についても,本件を原審に差し戻すこととする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
なお,裁判官藤田宙靖の補足意見がある。
裁判官藤田宙靖の補足意見は,次のとおりである。
私は,法廷意見に賛成するものであるが,本件契約につき借地借家法32条が適用されるとする理由につき,若干の補足をしておきたい。
本件契約のようないわゆるサブリース契約については,これまで,当事者間における合意の内容,すなわち締結された契約の法的内容はどのようなものであったかという,意思解釈上の問題がしばしば争われており,本件においても同様である。
そして,その際,サブリース契約については借地借家法32条の適用はないと主張する見解(以下「否定説」という。
本件における第1審原告の主張)は,おおむね,両当事者間に残されている契約書上の「賃貸借契約」との表示は単に形式的・表面的なものであるにすぎず,両当事者間における合意の内容は,単なる建物賃貸借契約にとどまるものではない旨を強調する。
しかし,当事者間における契約上の合意の内容について争いがあるとき,これを判断するに際し採られるべき手順は,何よりもまず,契約書として残された文書が存在するか,存在する場合にはその記載内容は何かを確認することであり,その際,まずは契約書の文言が手掛りとなるべきものであることは,疑いを入れないところである。
本件の場合,明確に残されているのは,「賃貸借契約書」と称する契約文書であり,そこに盛られた契約条項にも,通常の建物賃貸借契約の場合と取り立てて性格を異にするものは無い。
そうであるとすれば,まずは,ここでの契約は通常の(典型契約としての)建物賃貸借契約であると推認するところから出発すべきであるのであって,そうでないとするならば,何故に,どこが(法的に)異なるのかについて,明確な説明がされるのでなければならない。
この点,否定説は,いわゆるサブリース契約は,1典型契約としての賃貸借契約ではなく,「不動産賃貸権あるいは経営権を委譲して共同事業を営む無名契約」である,あるいは,2「ビルの所有権及び不動産管理のノウハウを基礎として共同事業を営む旨を約する無名契約」と解すべきである,等々の理論構成を試みるが,そこで挙げられているサブリース契約の特殊性なるものは,いずれも,1契約を締結するに当たっての経済的動機等,同契約を締結するに至る背景の説明にとどまり,必ずしも充分な法的説明とはいえないものであるか,あるいは,2同契約の性質を建物賃貸借契約(ないし,建物賃貸借契約をその一部に含んだ複合契約)であるとみても,そのことと両立し得る事柄であって,出発点としての上記の推認を覆し得るものではない。
もっとも,否定説の背景には,サブリース契約に借地借家法32条を適用したのでは,当事者間に実質的公平を保つことができないとの危惧があることが見て取れる。
しかし,上記の契約締結の背景における個々的事情により,実際に不公平が生じ,建物の賃貸人に何らかの救済を与える必要が認められるとしても,それに対処する道は,否定説を採る以外に無いわけではないのであって,法廷意見が,借地借家法32条1項による賃料減額請求の当否(同項所定の賃料増減額請求権行使の要件充足の有無)及び相当賃料額の判断に当たり賃料額決定の要素とされた事情等を十分考慮すべき旨を判示していることからも明らかなように,民法及び借地借家法によって形成されている賃貸借契約の法システムの中においても,しかるべき解決法を見いだすことが十分にできるのである。
そして,さらに,事案によっては,借地借家法の枠外での民法の一般法理,すなわち,信義誠実の原則あるいは不法行為法等々の適用を,個別的に考えて行く可能性も残されている。
いずれにせよ,否定説によらずとも,実質的公平を実現するための法的可能性は,上記のとおり,現行法上様々に残されているのであって,むしろ,個々の事案に応じた賃貸借契約の法システムの中での解決法や,その他の上記可能性を様々に活用することが可能であることを考慮するならば,一口にサブリース契約といっても,その内容や締結に至る背景が様々に異なり,また,その契約内容も必ずしも一律であるとはいえない契約を,いまだ必ずしもその法的な意味につき精密な理論構成が確立しているようには思えない一種の無名契約等として,通常の賃貸借契約とは異なるカテゴリーに当てはめるよりも,法廷意見のような考え方に立つ方が,一方で,法的安定性の要請に沿うものであるとともに,他方で,より柔軟かつ合理的な問題の処理を可能にする道であると考える。
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